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秋ヘッダ

肉と魚の味噌漬けバナ

2017ぶどうへっだ

はじめまして!

山吹味噌・すや久のオンラインショップへ、ようこそお越しくださいました。

蔵の歴史や味噌の特徴などについて、少しお話させていただきます。



工場看板


1.山吹味噌の歴史

〜三百有余年の伝統〜

まだ味噌が、醤油と一体で「溜まり」といわれていた昔、この溜まりを造り、併せて酢なども醸造していたのが山吹味噌・すや久の始まりです。江戸時代、信州・小諸は中山道、北国街道、甲州街道が交差する場所にあたり、江戸や上方、越後や上州からの人々と物資が足繁く行き交いました。

北国街道筋という現在地に初代小山久左衛門正顕が創業したのは、今からほぼ340年前の延宝2年(1674)。元々はもう少し山辺で農業と醸造業を手がけていたものを、小諸城下町づくりに伴って移り降り、醸造業に精魂傾けたのでした。
老舗として名を知らぬ人のないお江戸日本橋の三越本店創業が延宝元年ですから、一年年下の弟のようなものです。


〜株式会社酢久商店・信州味噌株式会社〜

すや久中興の祖は、12代の小山久左衛門正友。明治三十三年(1900)、味噌・酢・醤油の自社製品以外に鰹節や畳表なども商う「合資会社酢久商店」を組織し、また、地元を潤すため生糸業に力を注ぎました。

信州の味噌は、例えば関東大震災の救援物資として、また第二次世界大戦の廃墟となった東京へ送られて人々に大層喜ばれ、中でも弊社の味噌の明るい色が山吹の花にたとえられ、元気がもらえると評判に。

やがて昭和26年(1951)に味噌の製造部隊を切り離し、現社名の「信州味噌株式会社」を立ち上げた際に、ブランド名を「山吹味噌」といたしました。


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2.山吹味噌ってどんな味噌?

〜天然醸造を守る山吹味噌〜

どんなに世の中が浮き沈みしても、代々の久左衛門が一貫して造り続けてきたものが味噌でした。冬寒く、季節が乾燥している信州小諸は醸造業に適しています。三百有余年続く蔵にて自家培養した酵母菌、浅間山伏流水、厳選した原材料にこだわり、時間を惜しまずじっくりと醸し造り出される山吹味噌ならではの味・風味をこれからもお届けしてまいります。


〜画期的な酵母の自社培養〜

味噌の本質を高めるのに役立つ現代技術は果敢に取り入れる、それが山吹味噌です。 そのために、味噌の命をつかさどる酵母菌の研究・開発を積極的に行なっています。 そうして培ってきた優れた酵母菌の純粋培養技術により、時代のニーズとなった低塩分の味噌を、酵素分解などの安易な方法に頼らず、全く純粋な「醸造」という手だてのみでいち早くお届けすることができました。

そこで活躍したのが、NASAの宇宙開発技術。
宇宙飛行士の飲料水確保のために開発された超精密濾過装置を味噌づくりのために導入。私たちはこれを、大豆たんぱく質のエッセンスを得るために逆利用しました。
大豆を処理したときの煮汁から水分だけをとりのぞき、残った養分を酵母菌培養の培地として活用したのです。この発想の転換により、自社で独自の酵母菌培養が可能になり、しかも大量に利用できる環境が整いました。

このため、一般の味噌の約500倍という圧倒的優位の酵母菌が雑菌を押さえ、塩分8%(あるいはそれ以下)という画期的な味噌の開発に成功したのです。


酢久

3.店舗販売

旧北国街道沿い、小諸駅から徒歩10分ほどのところにお店を構えています。
自社商品以外にも、信州各地の名産品も取り扱っております。
春に開催する蔵祭りは、工場見学や味噌のすくい取りで大変賑わいます。



4.通信販売

全国のお客様に、蔵出しの新鮮なお味噌や、その他信州の季節の味覚などもお届けしています。
ぜひ年4回発行されるカタログも併せてご覧ください。


最後になりましたが、山吹味噌は小さな味噌蔵ですが、美味しくなるための手間は一切惜しまず、時間をかけて味噌を造っております。自分たちが食べて「美味しい!」と言えるものだけをお届けしていることに、蔵人一同誇りを持っております。

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